ハイドロポニックスのはじまり

> > >

About Hydroponics


〜世界のなかでのハイドロポニックス史

ハイドロポニックスの語源は、アメリカのゲーリッケ博士によって

HYDRO=水力  +  PONO=労力 」という

ふたつの言葉を組みあわせてつくられた造語です。

 


ハイドロポニックスの本来の定義は、土壌を使わずに植物を育てる「ソイルレス栽培」の
ひとつであり、無機質の肥料成分を溶かした培養液で植物を育てる栽培方法  とされています。

そして、日本ではハイドロポニックスは
水に肥料を溶かした培養液で、植物を育てる栽培方法  」と定義され
「Nutriculture – ニュートリカルチャー 」 とともに
「水耕栽培」または、「養液栽培 」 と訳されます。

 

ハ イドロポニックスには、さまざまな栽培方式とシステムの種類があります。

イドロポニック・システムは土を使わず、ロックウールやハイドロボールなどの無機質な培地や、スポンジなどの有機化合物など、いずれも水、空気、肥料、pH値で変質しない不活性な性質の培地に根を張らせて、植物の根元を固定させながら根をじかに培養液と接触させて、肥料/水分/酸素を吸収させるしくみになっています。

ハイドロポニックスに適している培地は、培養液中の肥料成分やpH値にはほとんど影響を受けないため、長期間培養液にふれていても、ボロボ ロと崩れてしまったり、培地のすき間がつぶれて根が酸欠になってしまったり、培地の成分が溶け出して培養液を劣化させてしまったりする心配がないものです。

 

ハイドロポニックスで植物を育てるメリット
ハイドロポニックスで植物を育てるメリットは、植物に肥料、水分、酸素を培養液であたえるため吸収効率がよく、植物の種類や、生長の段階ごとに、肥料バランスと肥料濃度をシャープにコントロールすることが できることです。そのため、ハイドロポニックス専用の複合肥料を使えば、ビギナーでも植物の栽培が楽しめるうえ、栽培期間が最短ですみ、収穫量も豊富になります。

また土壌を使わないので、かぎられた農地内で同じ植物の栽培をくり返しても連作障害が起こらず、汚泥や病害虫、そして重金属などの農作物の汚染を引き起こすネガティブな要素から切りはなして、安全でクリーンに育てることができます。

その他のメリットは、女性でも持ち運べる小さなシステムから、自動環境制御による大規模な植物工場まで、 さまざまなサイズのシステムに柔軟に対応できることです。つまり、ハイドロポニックスにトライしてみたいと思う人は、どこでもだれでも挑戦できるということです。

 

The Full Story of Hydroponics

ハイドロポニックスへの足がかり

ハイドロポニックス誕生までのルーツとなるストーリーは、古代エジプト、そして1世紀のローマに残された書物の記述から始まります。
当時ローマでは、皇帝のために季節と土壌に頼ることなく、人の手で整えられた環境でキュウリを育てたというものです。

その後17世紀になるまで、ハイドロポニックスへとつながる研究は世界から忘れられていたように見えました。
しかし、1627年哲学者フランシス・ベイコン(英)著書 「森の森」 と、1699年自然主義者ジョン・ウッドワード(英)によるミントの ウォーターカルチャー 体験についての記述で、植物生理学から ハイドロポニックス につながる記述が登場します。
 
19世紀になり植物生理学という分野が確立されると、1860年サックスとナップ(独)によって、
土壌ではなく養液のみで植物を育てるハイドロポニカリー、つまりハイドロポニック的な要素が大きな栽培方法が開発されました。

 

「戦争、プラスティック、ハイドロポニックス」3つの要素

20世紀はじめのアメリカでは、大規模な農場で農産物を効率的に生産する栽培方法へのニーズが高まります。
1925年当時のアメリカの施設栽培=グ リーンハウスは、高収穫を維持するために、ひんぱんに土を入れかえるか、化学肥料を多量に施肥するしか手段がなく、大変な重労働と土壌汚染の弊害が発生していました。

完全制御型農業=CEAの研究開発
そのため農場試験機関では、グリーンハウスの生産効率を良くするために天然の土壌のかわりに、無機の培地と肥料培養液で農作物を育てる、大規模農場のための栽培研究が始まります。
このようなグリーンハウスによる完全制御型農業 =「 Controlled Environment Agriculture = CEA  」の研究開発と、この頃から工業化されはじめたプラスティックという新たな素材が、ハイドロポニックスの進化を後押ししていくこととなります。

砂栽培=サンド・カルチャー
1925年から1935年、ニュージャージー農業試験場では砂と培養液による栽培 サンド・カルチャー が開発され、1938年カリフォルニアでは、大規模な農場でのサンド・カルチャー栽培試験が行われました。しかし、サンドカルチャーを商業化するには、システムそのものに限界があり、当時は普及しませんでした。

ソイルレス栽培=ハイドロポニックスの登場
そんななか、1929年カリフォルニア大学バークレー校のゲーリッケ博士が、自宅裏庭で土壌なしで栽培された果菜類トマトに関する
「ソイルレス栽培」 の発表で、はじめて ハイドロポニックス  という造語を登場させます。

 

米軍施設におけるハイドロポニックス
1939 年から起こった第二次世界大戦中に米軍は、ハイドロポニックスという栽培技術の実験を2、3カ所で試みました。
1945年に戦争が終わり、アメリカのパデュー大学が植物が必要とする必須肥料成分の正確な配合比率を発表すると、ハイドロポニックスが一般的に知られるようになりますが、当時はハイドロポニック用の栽培設備にかかる費用が高額すぎたため普及しませんでした。
それから20年近くもの間、ハイドロポニックスは再び世の中から忘れ去られたように見えました。

 

 

60’s ハイドロポニックス・バブルとオイルショック

一方で、1948年から始まったプラスティックの農業資材利用 「プラスティカルチャー 」 が 発展し、1950年から1960年には、グリーンハウスによる制御型施設栽培は、ヨーロッパをはじめアジア各国でも拡大していました。そして、1960年 代のプラスティックの本格的な普及のおかげで、ハイドロポニックスは再び人々の関心を集めます。
グリーンハウスの屋根と栽培ベッドは、軽くて丈夫でメンテナンスが楽なビニールシートへと変わり、コンクリートで作られていたグリーンハウスの水路や養液タンクは、プラスティック製になりました。プラスティックは、特にドリップ式システムの各部品を向上させ、施設栽培用の商業ハイドロポニックス・システムが数多く発表され、多くの投資が集中しました。
 
 
1960 年後半には、グラスハウス収穫研究所(GCRI)の研究者アレン・クーパー博士(英)によって、イギリスではすでに、
Nutrient Film Technuque = NFT システムが発表され、NFTはポピュラーなハイドロポニック・システムとして定着していました。
 そして1970年には、カリフォルニア、アリゾナ、アブダビとイランの砂漠地帯で、ハイドロポニックスの試験栽培が行われます。砂漠での研究により、最大限の収穫のために必要な光合成運動量と日照量、日照時間の関係が明らかにされます。
しかし残念なことに1973年に起こったオイルショックで、ハイドロポニックス式グリーンハウスは、暖冷房コストが高騰し 、多くの投資家と農場主が破産してしまい、ハイドロポニックスへの人々の関心は、再び薄れていきました。

 

 

80’s からのハイドロポニックスの再ブーム到来

ところが1980年代には、いくつかの出来事が重なり、ハイドロポニックスは再び世間に注目されることとなります。
それまで絶縁資材や建築用資材として活用されてきたロックウールが、不活性で保水性のよい施設栽培に適した培地として、オランダで導入が始まり成果を上げていました。
 
そして、もうひとつは 「エアロポニックス」 の登場です。
根を空中にのばした状態で肥料と水と酸素を供給する 「エアロポニックス」  という栽培方法は、1960年代にはすでに発明されていましたが、普及はしませんでした。
ところが、1982年アメリカのフロリダ州にオープンしたウォル ト・ディズニー・ワールドリゾートのエプコット・センター内に、ハイドロポニックス・システムとならんでエアロポニックス・システムによる植物園が設置さ れ、一躍有名になります。そして1985年には、コロラド州のリチャード・J・ストーナー博士によって、初の農業用エアロポニックス・システムである Genesis Growing System  が発表されます。
エアロポニックスは、優秀な植物栽培システムとしてだけではなく、クローン・マシーンとしてのメリットが大きく評価され、挿し木培養を飛躍的に進化させました。

 

その後90年代には、ホビーガーデニング用のエアロポニックス・システムがはじめて発売され、その後アメリカでは、卓上式エアロポニックス・システムが発売されます。
エアロポニックスとは本来、培養液をミスト状にするシステムですが、ドリップ式など水滴上の培養液のシステムも、エアロポニックスとして認識され るようになります。結果的にどちらの方法でも生育効果に大差がなく、培養液をミスト状にするシステムはメンテナンスが難しく拡張性が乏しかったためで す。

 

 そして1985年、アメリカとヨーロッパで開発されたすべてのハイドロポニックス・システムの特徴についての評価論文が、アリゾナ州のイエンセンとコリンズによって発表され、ハイドロポニックス・システムによる完全制御型農業は、ふたたび広く普及するようになりました。

 

 そ して今日、肥料の過剰施肥や農薬などの薬剤による地下水の汚染を心配する地域では、特にハイドロポニックス・システムに強い関心を示す傾向にあります。ま た、日本でも植物工場の拡大化ととも、本格的なハイドロポニックスの普及が始まりました。
 
このように、ハイドロポニックスは今もなお新たな国や地域で、新たな可能性を広げつづけています。